• TOP
  • バックナンバー

BACKNUMBERS
バックナンバー

2013年11月28日 Vol.52

《shadowtimes》Post.26「パラジャーノフの家」港千尋

黒海とカスピ海の間、いわゆるコーカサス地方にあるアルメニアは、日本と同じく地震国である。1988年12月の大地震では2万5千人もの犠牲者とともに、多くの町が全壊したが、それでもなお古い文化を色濃く残している魅力的な国である。 その国名をはじめて耳にしたのは、学生時代に見た一本の映画『ざくろの色』だった。 六本木のWAVEだっただろうか、セルゲイ・パラジャーノフ特集が催されて、当時はちょっとしたブームだった。何とも不思議なストーリーと、めくるめく色彩に多くの人が魅了された。 いつかその作品が生まれた土地を見たいと思っていた。旧ソ連邦のグルジアに生まれたパラジャーノフは、モスクワで映画を学び、キエフや故郷のトビリシで制作を続けたが、亡くなったのはアルメニアの首都エレバンだった。そのせいもあり、現在はパラジャーノフ記念館がエレバンにある。

続きを読む

2013年11月21日 Vol.51

《Days and Lights》Post.25「ヨセミテのローンレンジャー」勝又公仁彦(邦彦)

今年公開された映画「ローンレンジャー」は、サンフランシスコへの大陸横断鉄道の敷設が物語の背景となっていた。それはまさに前回のスタンフォードの事業を思わせるものだ。 スタンフォードが、という意味ではないが、映画と同様にその時代には先住民への搾取や虐殺がそこここで行われていた。スタンフォード大学のあるパロ・アルトからロスアルトスに抜ける幹線道を車で走っている時、運転するFさんはこの道も先住民の血の犠牲の元にある、と教えてくれた。 映画はジョニー・デップ演じる、過去につまらない物欲のために部族の秘密の銀鉱山のありかを白人に教えたせいで、仲間を虐殺された先住民が、善良な若い白人を導いて悪い白人を倒す、というアメリカ映画らしい話だ。その先住民が現在ではサンフランシスコの見世物小屋の生きた展示品として毎日を過ごし、昔話を子供に聞かせるという設定だ。

続きを読む

2013年11月14日 Vol.50

《shadowtimes》Post.25「写真の秋」港千尋

11月のローマは霜が降りてもおかしくない時期なのに、今年は半袖姿も目に付くほど暖かい。ちょうどローマ国際映画祭が始まったところで、なんとなく華やいだ雰囲気。 ローマの休日と行きたいところだが、来年1月に予定しているコンベンションの準備で、ゆっくり映画館に入る余裕がない。フェリーニ、ベルトルッチ、パゾリーニ、ナンニ・モレッティ…とローマは何といっても映画の都だ。 では写真のほうはどうだろう。ローマを撮った有名な写真やローマの写真家の名前は、すぐには思いつかない。ふつうパリ、東京、ニューヨークなら、誰かの写真や写真家の名前がすぐに出てきても、ローマとなるとピンと来ない。

続きを読む

2013年11月07日 Vol.49

《Days and Lights》Post.24「スタンフォードの馬」勝又公仁彦(邦彦)

モンゴルから日本に帰り、その余韻も覚めぬ内に、私はサンフランシスコへと飛んだ。空港には昼過ぎに着いた。光の強さはモンゴルによく似ている。空気が乾燥しているのだ。お世話になるシリコンバレーのNさんのお宅への途中、スタンフォード大学を見学した。 サンフランシスコは元々移民の街だ。東洋系の顔立ちをした人も多い。新学期が始まったばかりのスタンフォード大学の中もアジア系らしき人が目立つ。全てが学生や職員というわけではなく、屋外にいる人の多くは観光客だ。 サンフランシスコから1時間ほど離れた大学にわざわざ観光に来るのだから大したものである。やはり世界的な名門校だな、と感心していた。後日知り合ったシリコンバレーの人たちからは、ヒューレットさんとパッカードさんが成功するまでは誰も行きたがらない田舎の学校だったと聞かされて、意外な思いがした。

続きを読む

  • TOP
  • バックナンバー

カテゴリ別バックナンバー

FACEBOOK

TWITTER